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めまいに悩む患者さんの中には、メニエルとは「めまいを意味するフランス語」と思い込んでいる人がいます。これは大間違い。「めまいが起きたら、すべてメニエル病」という誤った解釈は、これほどまでに根深いのです。
フランスの内科医メニエルが、めまいを患っていた少女の遺体を解剖し、「内耳に出血があった」と発表したのは一八六一年のこと。当時、めまいは脳の病気と考えられており、耳との関連を指摘したメニエルの報告は画期的な内容でした。
その後、温度が異なる水を耳に注ぎ込むと、めまいが起きる傾向も確認され、「めまいは耳から」とするメニエルの説が、欧州を中心とした当時の医療界に急速に定着したのです。
その基本理論は「内耳のリンパ液が『突然』破裂する」というものでしたが、問題は、そんな現場は誰も見たことがないこと。「グルグル回る」「フワフワ揺れる」といった症状の説明にもならず、“潜伏期間”を経て再発する理由も示してくれません。めまいを耳だけの理屈で片付けてしまうには、かなりの無理があります。
メニエル病には現在、1.周囲がグルグル回るタイプのめまいが起こり 2.ほぼ同時に耳鳴りや難聴が発生 3.繰り返して発症する―という一応の診断基準があります。しかし、こうした基準に当てはまらなくても、めまいが起こる人はたくさんいます。医療の進歩で中耳炎などの感染症が減ったこともあり、最近はメニエル病が疑われるケースは減っているようです。
めまいの謎を解明する上で、メニエルが果たした役割を軽視するつもりはありません。人間の平衡機能に、耳の三半規管が大きく関与していることは周知の事実です。強調したいのは、めまいの原因には、脳を巻き込んだ“何か”が確実に関係しているということなのです。
「めまい=メニエル病」と思って診療を受けに訪れる患者さんに、ここまで説明するのは相当に手間と時間がかかります。約百五十年の歴史を刻む「メニエル伝説」は今も、医師にも患者さんにも重くのしかかっているのです。