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めまいは以前から、映画や小説の題材になってきました。
特に有名なのは、ヒッチコック監督の映画「めまい」でしょう。高所恐怖症に悩み警察を辞めた男性が、奇妙な事件に巻き込まれていく心理サスペンスの傑作。高い空間で吸い込まれそうな恐怖感が描かれ、らせん階段が舞台となるヤマ場のシーンでは、渦巻くような不気味な情景が不安な心理を演出しています。
この主人公の場合、目から入った情報が脳で誤って処理される認識の障害が、めまいの引き金になっているようです。視覚による情報がパニック症状を引き起こす点は、テレビでアニメを見ていた子どもたちを襲った「ポケモン被害」も同じ仕組み。どちらの現象も、一つの「脳内地震」と言ってよいでしょう。
一方、池波正太郎の時代小説「剣客商売」では、剣術一筋に生きる主人公の侍に、「メニエル病」か「良性発作性頭位めまい」のような発作がしばしば起きています。朝方には、めまいに加えて耳鳴りもあり、過去の剣道修行で痛めた首も関係しそう。「頸性めまい」と診断するべきかもしれません。
気丈な彼は、知人に「めまいごときは病気ではない」と豪語していますが、「たかがめまい」と軽視する昨今の風潮にも似ています。
また、夏目漱石の名作「こころ」にも“ふらつき”や転倒を繰り返す主人公の父親が登場しています。その様子から判断するに「椎骨(ついこつ)脳底動脈血流不全症」のようです。脳の一時的な血流障害に関連し、老人に多いタイプのめまい。「たかがめまい」と思いながらも、まめに父親を見舞う主人公の姿に、文豪の人柄もうかがえます。
ここで、紹介した三つの作品は、どれも症状などの描写が具体的で細かく、作者や身近な家族などに、めまいに悩んでいた人がいたと推測されます。おまけに、それぞれの症状はバラバラで、原因も三者三様。めまいの複雑性をいみじくも暗示しているようです。
洋の東西は違っても、めまいは身近なドラマなのでしょう。