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共同通信社  脳内地震のエッセイ集 ー現代めまい考ー

07

酷使した心の悲鳴

ある年のこと。

大阪“ミナミ”の道頓堀の近くから、若い患者さんが相談にやって来ました。目鼻立ちの整った若い女性。数年前からめまいを繰り返すようになったと言います。  

ひと通りの診察後、職業を尋ねました。めまいの原因に絡む目の疲れ、首や肩の凝りは、美容師や調理師、マッサージ師などの特定の職種に多い。すると、返ってきた答えは・・・。  

「風俗です」  

とっさに頭に浮かんだのは、道頓堀川沿いの風俗街、宗右衛門町のネオン。なのに、出てきたのは「長時間パソコンを使ったりしますか?」とマヌケな質問でした。「いえ、風俗です。」と硬い声で繰り返す女性。「力仕事ですか?」と聞くのは、さすがに気がとがめました。  

もう一度診察すると、首筋がコチコチに凝っています。めまいを治すには、まずは首の凝りをほぐすのが先決です。「朝夕のマッサージを欠かさないように」。そう言う私にうなずき、女性は帰っていきました。

第七話 酷使した心の悲鳴

二週間後。再び現れた女性は少し疲れた顔でした。しばらく“お客”が多かったようです。治りが悪い。首の痛みには、出産時に受けたダメージが残っていることがあり、気分を変える意味もあって、こう聞いてみました。「生まれたときは難産でしたか?」  

女性は一瞬、目を閉じて「それは私のことですか?それとも子どものことですか?」。聞けば、幼い男の子がいると言います。体重七キロ。甘え盛りの息子に抱きつかれ、痛みを隠して添い寝する姿が浮かび、酷使してきた心の悲鳴が聞こえるようでした。  

カルテを見直すと、数年前に大きな自動車事故にも巻き込まれているようです。めまいが起こる約一年前。出産の直前です。「大変な事故だったんですか?」と私。女性は「ええ、主人が死にまして。それで大阪に出てきました・・・」。今回は少し趣向を変えた“大阪めまい噺(ばなし)”。道頓堀の水面(みなも)は、赤い灯、青い灯を揺らめかせ、変わりゆく人の世の営みを映しているようでした。

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